「 強者プーチンとの北方領土交渉 名誉欲にとらわれてはいけない 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年12月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 867
ロシアが強硬である。12月6日、日米両国が合同演習を行った日本海上空にロシア軍の電子偵察機二機が進入、機密情報を収集される恐れがあるため、訓練は一時、中断された。
演習は、日米双方から艦艇60隻、航空機400機、隊員4万5,000人が参加する過去最大規模だった。ロシアの電子偵察機は大胆にも訓練海域を横断して妨害、8日にも同様に訓練海域上空に進入した。
一方、プーチン首相は6日、極東ハバロフスクで「北方領土はわれわれロシアの土地だ」と語り、空港整備に力を入れる方針を明らかにした。
こうしたことは、前原誠司外相が12月4日、北海道根室市を訪れ、北方領土を上空から視察したことへの「返答」だと読むべきだ。前原外相は根室市での記者会見で、北方領土返還交渉を進めたいとして、「経済、環境、資源分野での協力を強固にするなかで領土問題を解決することも大事だ」と述べたのだ。
前原外相はまた、「65年かかってまだ解決しない問題をあまりだらだら長くやっているのも、いかがなものか」とも述べ、交渉に意欲を見せた。プーチン発言とロシア軍の動き、さらに過去のロシアの対応を合わせて考えれば、前原外相の前向き、あるいは前のめりの政策はきわめて危うい。
北海道大学名誉教授の木村汎氏は半世紀近く、ロシア研究を続けてきた。氏は2012年には、プーチン氏が大統領に返り咲くと予測し、ロシア政治も対日政策もプーチン氏によって決定されるとして、次のように語る。
「プーチン氏は、ゴルバチョフとエリツィンが二つの大きな間違いを犯したと考えています。一つは、ゴルバチョフによる日本と北方領土間のビザなし交流です。これは、北方領土がロシアのものとも日本のものとも決まっていないということを認めたわけで、プーチン氏はこれを許せないと考えています」
プーチン首相が憎むもう一つの失敗は1993年の細川護煕首相とエリツィン大統領による東京宣言だという。
「同宣言では北方領土を歯舞、色丹、国後、択捉の四島と明記しました。加えて、それまでの日露交渉で、北方領土交渉は法と正義によると決めた。これをなんとしてでも崩すというのがプーチン戦略です。そのため、さまざまな手を打ってきました。たとえば、麻生内閣のとき、ロシアは旧来の手法にとらわれない独創的なアプローチがあると言った。麻生首相も、そして鳩山氏も、それに反応した。そこから、四島返還を主張し続ける代わりに二でも四でもなく、三島ということもあり得るという類いの話さえ、出てきたのです。ロシアは想像以上の日本の反応に驚きもし、喜びもしました」
長く粘り強い交渉で勝ち取ってきた日本側有利の土台を、あっさりと打ち捨て、ロシア側のまいた飴に振り回されたということだ。
麻生太郎氏や鳩山由紀夫氏が簡単にロシア側の甘い誘いに乗り、それ以前の日露交渉の成果を事実上失った理由は、「自分が領土問題を解決する」と自負するからだ。自分なら解決出来ると甘く考え、歴史に名を残そうという名誉欲にとらわれるからでもあろう。
プーチン氏はこれからも力を保ち続けるだろう。氏のあとも、領土は返還しないという考えがロシアの主流を占めると覚悟して、日本側は政経不可分の原則を守るべきだと、木村氏は言う。
つまり、エネルギーも魚も商売も欲しい、そのうえ領土も取り戻したいという「贅沢」は通じないというのだ。
前原外相には、こうした過去のロシア外交の失敗について、じっくり考えてほしい。65年かかって解決出来なかったのみならず、ロシアの今の強硬策を招いたのは、ほかならぬ政治の意思も軍事力もない民主党の政治ゆえだと認識すべきであろう。